――砂糖と香辛料が混じり合うとき、そこに女の子が生まれる――
このブログは立談百景による「少女」をテーマにした小説を掲載しています。

2012年8月20日月曜日

【小説 / 宇宙少女シリーズ】 ストレンジ電子レンジ [The MicrowaveOven is Not Open]

【あらすじ】
「宇宙はターンテーブル式の電子レンジの中にあって、その中には地球といっしょに、太陽と月と、たくさんのきらきらした星たちと、それから十四歳の私がいた。私がなぜ電子レンジの中にいるかと言うと、それは私が地球と太陽と月とたくさんのきらきらした星を回してあげなければ、誰も宇宙を回さなくなってしまったからだ。」


【概要】
ジャンル:SF(すこしふしぎ)
原稿用紙枚数:16枚
読書時間目安:20~30分
初版脱稿:2006年頃
加筆修正:2012年8月20日





ストレンジ電子レンジ [The MicrowaveOven is Not Open]


 ざりざりざりざり。

 これはまれに宇宙から聞こえてくる音だったけれど、私はその音の正体を知らない。退屈な私の耳の奥には、その耳障りな音がずっと残っていた。

 宇宙はターンテーブル式の電子レンジの中にあって、その中には地球といっしょに、太陽と月と、たくさんのきらきらした星たちと、それから十四歳の私がいた。私に名前はなかったけれど、そもそも電子レンジの中ではひとりぼっちで、名前なんていらないと思っていた。ひとりぼっちの私を呼んでくれる人なんていないし、私自身が名前を知らなくても、私自身は確かに存在しているのだから、関係がないと思っていた。

 私がなぜ電子レンジの中にいるかと言うと、それは私が地球と太陽と月とたくさんのきらきらした星を回してあげなければ、誰も宇宙を回さなくなってしまったからだ。電子レンジの電気プラグはコンセントから抜けているし、そもそも誰もスイッチを押してくれないのだから、私が回さなければ宇宙は回らないのだ。

 宇宙は回転している。宇宙は回転しなくては死んでしまうし、宇宙の回転が止まればみんな死んでしまうし、みんなが死ぬのはきっと良くないことなのだ。私の弱い力は宇宙を回すのにちょうど良いみたいだった。だからこそみんな死なずにすむ。私の右手は私だけのものではないのだ。

 しかし私はいつも退屈だった。いつも右手で宇宙を回していて、たまに気分転換として左手で回してみるのだけれど、やはりやりづらく、結局はすぐに右手に戻してしまう。誰も見ていないから手で口を隠すこともなく大きなあくびをして、左手で目をこすって、退屈だから眠ってしまいたいけれど、しかし宇宙を回しつづけなければいけないし、けれどそもそも眠くはなく、疲れるようなこともなかったので、やはりどこか退屈だった。

 だけど宇宙はとてもきれいで素敵だ。恒星が惑星を照らし、それらが光の粒となって寄り集まり、星団や銀河になる。銀河は寄り集まって銀河団になる。赤や黄、青、緑。きらきらとその姿を変える様子は、クリスマスのイルミネーションみたい。それを見るだけで私は祝福された気持ちになる。飽きずにもっと色々な光を見てみたいと思う。私もあのクリスマスのイルミネーションの中を照らされながら歩いてみたいと思うけど、しかし、私はいまになって、自分の足首より下がないことに気が付いた。

 どうしていま気が付いたのかを考えると、それはいままでに歩いたことがなかったからだった。足がなくても困らないと私は思った。いままでに歩いたことがなかったと言うことは、これからも歩くことがないのだろうと、そんな考え方をしていた。電子レンジの中はとても狭く、宇宙と私でぎゅうぎゅう詰めだった。そんな電子レンジの中に私が歩くような余地がないのはもちろん、立ち上がることさえ難しい。私は宇宙を回しているだけで手一杯だった。

 宇宙を回し始めてしばらく経ち、やがて私の中には「宇宙を回さなくちゃ」と言う妙な使命感が生まれる。最初はみんなを死なせないために回していたけれど、しかしいまでは、私がみんなを助けているような、そう言う気持ちだった。私は宇宙を回すことこそが私の生きる意味なのかもしれないと思い始めている。

 けれど宇宙にはいなくなる星がたくさんあり、私が覗く宇宙の中で、今日もずっと向こうの星が死んで逝くのを見た。いくら私が回すことで宇宙の様々が死なないとは言っても、星にだって寿命がある。

 星は死の一瞬、内側から押し拡げられるように大きく膨らんで、パンとはじける。それからマッチの火みたいに明るくなって、どんどんと明るくなりつづけて、もやが広がるようにふわりと輝き、そして静かに明かりを散らしながら、消えてゆく。まるで死の瞬間に自らの子を産み落としているようにも見えた。

 実際、そのふわりと輝いた星のくずは新しい星になったり、何かを形作るためのものになる。星の死は、星の肥やしになるのだ。

 ざりざりざりざりざり。

 星が生きる意味は何だろう、と考える。あるいは星と言うものは、宇宙と言う大きな体の中の、極めて小さな、小さな小さな細胞なのかも知れない。細胞は古くなれば死ぬ。そして新しい細胞が生まれる。星も古くなれば死に、またどこかに新しい星が出来る。

 星とは宇宙のサイクルだ。そしていまの私は、宇宙と言う体を動かす心臓のようなものなのかも知れない。宇宙を動かすために私たちは生きている。そして宇宙はきっと新しい宇宙を作るのだろう。きっと宇宙と言うやつは他にもたくさんいて、他の宇宙が電子レンジの中にいるのか、だだっ広い丘の上にいるのか、それは定かではないけれど、他の宇宙だってきっとこうやって星と心臓を持って、正しく命なのだ。そして新しい命を生む。きっとこの宇宙だっていずれ、命を生むことだろう。ぎゅうぎゅう詰めの電子レンジの中でも、命は回っている。たとえば地球やなんかで使われたエネルギーは最終的に熱エネルギーとなり、宇宙へと逃げてゆくと言う。きっとそうしたエネルギーの様々が、この宇宙を生かす原動力となっているのだ。しかし宇宙が回っていると言うのなら、もし私が死んだときに宇宙はどうなってしまうのだろう。あるいは私が死ななくとも、私が宇宙を回さなくなってしまったら、きっと宇宙は死んでしまうだろうし、私もどうなってしまうのかは分からない。ともかく私は宇宙を死なせたくはなかったから、宇宙を回しつづける。

 ざりざりざりざりざりざり。

 まただ。

 また宇宙の音が、ざりざりと聞こえる。私には真空状態の宇宙から聞こえるこの音が何なのかが分からない。その耳障りな雑音が耳の奥で響くと私は何かを思い出しそうになる。それが思い出せない歯がゆさがある。しかし同時に、それを思い出そうとすることに怯えている、私の深いところの意識がぐるぐると巡っているのが分かる。ざりざりざり。ざりざりざり。こんな音、私が宇宙を回し始めたときには聞こえていなかった。いつからこの音が聞こえ始めたのかは思い出せないけれど、それはずっと前だったようにも、ごく最近だったようにも思える。しかし耳障りなざりざりざりざりは日増しにその音を荒げてゆく。ざりざりざりざり。ぐるぐるぐるぐる。そのざりざりざりざりざりざりざりざりが私の深いところの意識を回し、私は宇宙を回すことを止めて電子レンジの中から逃げ出したくなる。宇宙の命も星の命も放っておいてどこかへと走り出したくなる。けれど私には両足が無く、立つことさえままならなかったし、そもそも私は歩き方や立ち上がり方を忘れていた。大切なことばかりを忘れているようだったが、何も思い出せなかった。そしてざりざりざりざりざりざりざりざりざりざりざりざりがいよいよ私の鼓膜を破ろうとしたところで、私はついに宇宙を回すのを止める。

 その音はもう何億年もずっと鳴っていたように思えたし、あるいはほんの二秒程の音だったかも知れないけど、とにかく私は宇宙を止めて、その音を止めた。

 私は狭い電子レンジの中で、その宇宙の音を探る。ふと見ると、私が感じているよりも宇宙の姿が大きく見える。それは電子レンジの中を埋め尽くすほどの大きさだ。宇宙はあまりに大きくなりすぎていた。

 あの音の原因は、大きくなりすぎた宇宙の表面が、電子レンジの壁を擦っている音だった。回転する宇宙が、電子レンジの壁をやすりがけするようにざりざりと引っかき回していたのだ。

 音は止んでいる。宇宙の回転は止まっている。私は宇宙を回転させようと右手を伸ばすが、気づく。

 宇宙が、死んでいく。

 しかし宇宙は星のようには死ななかった。ただ大きくなりすぎた体を、電子レンジの蓋の小さな編み目から、煙のように少しずつ溢れさせて、するすると出ていくだけだった。

 私は私の生きる目的を殺してしまったようだった。太陽と月とたくさんのきらきらした星も、あの美しく整列する星々も、子供を産み落とすように死ぬ星々も、もういない。宇宙がその黒みを散り散りに広げながら消えてゆく。電子レンジの中にぎゅうぎゅうだった宇宙はもう、私の脳みそほどの大きさにまで小さくなり、私はそれを回すことが出来ない。いくら私の力が弱くても、ここまで小さな宇宙を回してしまっては、その死を早めてしまうかも知れない。

 それからほんの少し経って、宇宙は少しの塵も残すことなく、いなくなった。

 電子レンジの中には、ついに私ひとりしかいなくて、ひとりぼっちの電子レンジの中は星の明かりも無く暗かった。出て行くこともできない。なぜなら私に足はないのだ。

 ………………………………。

 何日、あるいは何億年経っただろうか。もうあの音は聞こえない。私は声の出し方を思い出せないでいる。名前は昔から思い出せない。歩き方も――私は自分がとても不安定で、不確定なものだと思い知る。自分の存在を自分しか知らないだなんて、それは孤独が過ぎる。私は宇宙に喜びも悲しみも感じていた。分かち合っていたと言ってもいい。だけどもはやそれはなく、私の中の気持ちは宇宙と一緒に消えてしまったみたいだ。

 足がないことを悔やむ。どうやってここに入って、どうやって出るべきなのか、私にはその方法を思い出すことができない。

 しかしある日、今度はがちゃんと言う、聞き覚えのない音がした。それと同時に、電子レンジの中にまぶしい光が飛び込んでくる。

 どうやら、電子レンジの扉が開いた。誰かが電子レンジの扉を開けたのだ。

 扉の開いた向こう側は真っ白な空間がずっと広がっていて、私はその純白の空間に吸い付けられるようだった。けれど足のない私はその空間へと向かうことが出来ない。

 しかし開いた扉の奥から誰かの左手が伸びてきて、私の体を掴む。さらに続いて、その誰かの右手が入ってくる。その右手には私の両足が載っていた。そして誰かの両手が器用に私の足首と両足をくっつけてくれる。しかしその接着面はまだ緩く、私が歩くと外れてしまいそうで、私は歩くことが出来なかった。

 すると今度は、その誰かの両手がサランラップを私に巻き付ける。全身、つま先から頭のてっぺんまで、余すところ無く私はサランラップで巻かれ、少し息苦しかった。

 サランラップを巻かれた私は電子レンジのターンテーブルの上に寝かされ、そして電子レンジの扉が閉まる。電子レンジの中には暗闇が戻って来るけれど、それは一瞬で、すぐに電子レンジの中は、ほの暗いオレンジ色の明かりで包まれた。ターンテーブルが回り、私はマイクロ波で暖められてゆく。誰かが電子レンジの電源プラグをコンセントに差し、スイッチを押したようだった。せめて宇宙が生きている間にスイッチを入れてくれれば良かったのにと、私はわがままに思う。ターンテーブルに回される私は、果たして宇宙だろうか。

 そしてそのターンテーブルも止まり、再び中が真っ暗になるけれど、またすぐに扉が開いた。

 先ほどと同じ誰かの両手が、私に巻かれたサランラップを丁寧に剥いてゆく。ラップを巻くときも剥くときも、全てそれは電子レンジの中で行われている。外でやってくれればいいのに、何か都合があるのだろう。

 いつの間にか私の足は、きれいにくっついていた。恐る恐る立ち上がってみると、私は自然に歩き方を思い出す。声の出し方は、まだいまいち思い出せないけど、じきに思い出すだろう。

 歩けるようになった私は、自らその電子レンジを出てゆく。誰かの両手が私を引っ張ったとか、電子レンジの中から追い出されたとか、そう言った他人の意志はどこにもなく、私は自らの意志で電子レンジを出る。

 そして誰かの両手が誰の両手なのかを確認して、私は忘れていた色々なことを思い出した。それはあのざりざりという音を聞いて、思い出すべきことだったのだけど、でも思い出せないまま電子レンジの中にいるよりは、良かっただろう。

 私の左手は、その人の右手をぎゅっと掴んだ。そして歩き出す。

 何もない純白の空間を、その手にエスコートされながら、私は歩く。その白い地面はもっと固いものだと思っていたけれど、案外とそれは優しげな心地で、裸足で歩く私にはちょうど良かった。

 知らないうちに、電子レンジの扉が閉まる。その扉が閉まる音を、私は背後に聞いて振り返らない。かわりに私の手を掴む人が私の名前を呼び、私は自分の名前も思い出す。

 不安定な私はここで、ようやく確定する。

 歩みを進めて行けば、もっと分かっていくだろう。そしてそのうち私の右手は私だけのものになるはずだ。宇宙を回転させる必要は、もはやない。

 宇宙を殺し、私は死んだのだ。



/了

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