――砂糖と香辛料が混じり合うとき、そこに女の子が生まれる――
このブログは立談百景による「少女」をテーマにした小説を掲載しています。

2012年8月2日木曜日

【小説 / 宇宙少女シリーズ】 缶の塔 [TheTower]

【あらすじ】
「私はたくさんの缶を持っていたので、その空き缶を高く積み上げて、塔を作ろうと考えた。一缶一缶、塔を作るように、月に届くまで積み上げようと考えていた。」

【概要】
ジャンル:SF(すこしふしぎ)
原稿用紙枚数:14枚
読書時間目安:20~30分
初版脱稿:2006年頃
加筆修正:2012年8月1日




缶の塔 [TheTower]


 私はたくさんの空き缶を持っていたので、その空き缶を高く積み上げて、塔を作ろうと考えた。

 一缶一缶、塔を作るように、月に届くまで積み上げようと考えていた。月まで届いたら、友だちを呼んで月で遊びたい。きっと月で遊ぶのは楽しいはずだ。あそこは地球の六分の一しか重力がないというし、きっと地球から月を見るよりも、月から地球を見た方が感動も深いに違いない。

 近所の公園では人がたくさん来るので、塔は町の離れにある小高い山の頂上で積み上げることにした。山の上は高いから、きっと月にも届きやすいだろう。

 山の頂上に着いて、まず私は十個くらいの缶を積み上げた。その高さがちょうど自分の肩よりも少し低い程度だったので、これは骨が折れるぞと思った。

 それから三十分くらいかけて六百個の缶を積み上げて、地面がずっと下の方に見えた。町も綺麗に見渡せて、それは壮観だった。たかだか六百個の缶でこの風景だ。宇宙から見た地球はどれほどのものだろう。私は俄然やる気が出てきて、また缶を積み上げ始めた。

 私はペースを上げて缶を積み上げてゆく。七百個、八百個と、缶は順調に積み上がってゆき、一時間が経つ頃には、ついに千五百個を数えた。

 とは言え、まだまだ月になんて届きそうにもない。せいぜい福岡タワーの三分の二くらいの高さだ。

 月までの距離はおおよそ三十八万四千四百キロメートルで、缶の大きさは十二センチだから、月に行くには三十一億個以上の缶を積み上げる必要がある。千五百個なんてのはまだまだ序の口だ。まだまだがんばらなくちゃいけない。

 そしてがんばって福岡タワーと同じくらいの高さまで缶を積み上げて、さらに福岡タワーの二倍くらいの高さまで缶を積み上げたところで腕が疲れてきた。今日はここまでにして家に帰ることにしよう。私は缶を積み上げるのを止めて、裏山を降りた。

 そして次の日、意気揚々と昨日の続きをやろうとしていた私は、山の頂上に来て愕然とした。私が積み上げた缶の塔はどこにもなく、辺りには缶が散らばっていたのだ。

 ひょっとして風やなんかの仕業だろうかと思ったが、どうやらいくつかの缶が踏み潰されており、辺りも少し荒れていたので、どうやら人の仕業らしかった。何らかの悪意で、私の塔は崩されていたのだ。

 私は泣きたくなった。その悪意が悲しいとか悔しいとか、そう言うことではなく、ただ自分の作ったものを否定された気がしたのだ。せっかくみんなで月に行こうと思っていたのに、それは愚かだと言われたような気がした。

 けれど私はめげずに、また最初から缶を積み上げ始めた。

 それから私は何日も何十日も何ヶ月も缶を積み上げることに没頭し、雲が食べられないことを知り、あまりに上空になると鳥がいないことに気づき、ついに缶の塔は成層圏界面を突破した。

 空の青みはぐっと深まり、私は海の青さと空の青さが同じように溶け込んで見えることに、大きな感動を覚える。もう山なんて、毛先ほどにしか見えない。

 結構遠くまで来たみたいだと感じたが、成層圏界面と言うと地上から五十キロメートルくらいの場所だから、ちょうど博多から北九州へ向かうくらいの距離だ。そう考えると、あまり遠くには来ていない気がする。

 上を見上げる距離と、地上からまっすぐを見る距離の体感がこんなにも違うと言うことを、私は初めて感じた。人の距離感は重力にとらわれている。宇宙を遠いと感じるのは、人が重力を振り切るのに多大な労力を要するからだろう。

 私は上を見上げる。まだ缶の塔の無い上空に、月はずっと遠くだった。あといくつの缶を積み上げればいいのだろう。これは骨が折れそうだ。

 ――しかしそう思った時だった。

 急に、突然、缶の塔がぐらついた。そしてぐらついたと思ったら、私は空を飛んでいた。

 どういうわけか、塔がまた崩れたのだ。どうして崩れたのかは下まで行かないと分からないけれど、高度五万メートルから下まで落ちるには、結構な時間がかかりそうだった。

 強い風の抵抗を受けながら私は裏山まで落ちて行き、着地に失敗して、尻餅をついてしまった。塔を行ったり来たりで凝ってしまっていた腰に、その衝撃は結構な痛さだったが、私はそれを耐えた。今はそれよりも、どうして塔が崩れてしまったのか、それが問題だった。

 私はさっと辺りを見渡す。前に塔を壊された時と同じようにそこら中が缶まみれになっていて、塔は跡形もなかった。そして辺りは静かで、どうやら夜のようだ。

 遠くの方で、何か聞き慣れたような、聞き慣れないような音が響いている。何かを破裂させたような、乾いているけど熱気を帯びた音だった。それが四方から響いていて、周囲はとても騒々しい。どうやらこの騒々しさが、塔が崩れた原因のようだ。

 そう言えば最近は塔にかかりっきりで、町の様子なんて少しも知らなかった。早いところ缶の塔を作り直したかったが、一度塔を崩されてもまた作り直せると分かっていた私は、今日は家に帰ってみることにした。

 家に帰った私は、家に置いていたケータイの画面を見た。メールが二百件近く溜まっている。それらの多くは迷惑メールで、友だちからのメールは僅かだ。そう言えばみんなと連絡を取っていなかったことを思い出し、とりあえず私は一番の友だちのカナコちゃんに電話を入れてみた。

 けれどあっちは電源を切っているらしく、電話はつながらなかったひとまず電話は諦めて、私は何日も入っていなかったお風呂に入って、お腹がすいたからご飯を食べて、ベッドの枕元にあった雑誌をちょっとだけ読んでから、眠りについた。

 そして次の日の朝になって、私は再びカナコちゃんに電話を入れてみて、相変わらず電源を切っているようだったので、仕方なくまた山へ向かった。

 昨晩と違って騒々しくなかったので、私は安心して再び缶を積み上げ始めた。遅れた分を取り戻すため、今度はもっとペースを上げなければならない。

 もっとペースを上げて、もっともっとペースを上げて、かちゃんかちゃんと聞き飽きた音を立てながら、私は空き缶を積み上げて行く。

 そうして前の倍の速さで私は成層圏界面を突破し、そのままの勢いで中間圏も突破し、熱圏も突破し、ぐんぐんと無重力の宇宙を進んで行く。以前よりもずっとずっと速いペースで、私は缶を積み上げる。

 宇宙は真っ黒な色で、地球がとても青く、まぶしく見えた。なるほど、世界の人間が平均して好む色は青だと言われるが、その理由はこれに違いない。私たちはこの星で生まれたのだ。そう言えば今は天井に月が見えないが、私は地球が自転をしていることを思い出した。

 月は見えていないが、私はまたがんばって缶を積み上げて行く。宇宙には空気が無いから、缶が積み上がって行く音がしなかった。聞き飽きていた音でも、それがしないことに気づくと案外と寂しいものだった。MDウォークマンでも持ってくればよかったかも知れない。

 そうして音の無い宇宙で、ただ下に見える地球を気晴らしに、私は月を目指す。そして地球の地表よりも、月の地表のディテールがよく見えるようになるまで、かなりの歳月がかかった。

 けれどあとは月の重力に引っ張られて、月に降りて遊ぶだけだ。私は塔の上から、ふっと降りた。地球よりも緩やかな重力が、私をとらえる。私の足が柔らかな砂に埋もれた。今まではずっと缶の表面ばかりを撫でていた足の裏に、その感触は気持ちいいくらいだった。

 月の地表は、思ったよりもでこぼこで、岩だらけだ。けれど砂の色やなんかが仄白く、陽の当たっている部分と陰になっている部分とがはっきりとしていて、なんだか白黒の漫画の世界に迷い込んだみたいだった。

 私の体は、歩くたびにふわっと宙に浮いた。体が軽くなり、自分の体ではないみたいだ。水のない水の中を歩く。抵抗のない、やわらかい水だ。

 私は一通り月面中を駆け回ってから、ばさっとその場に、後ろ向きで倒れ込んだ。倒れ込むときにも、ふっと体が浮いて、映画のスローモーションみたいだった。

 ――しかし。

 たしかに今までにない体験は、とても楽しい。でも月は山と、崖と、砂しかないようだ。アポロ計画の残骸も近くには見当たらないし、うさぎもいない。

 これでは、あまりに孤独だ。

 私は突然、寂しさに襲われた。

 次に月にくるときは、友だちを連れてこないといけない。そうだ、一番はカナコちゃんを連れてこよう。

 私は寂しさから逃げるように、急いで缶の塔を地球へ向かって降り始めた。

 そして裏山に降り立つと、水中で泳いだ後に、地面に立った時のような体の重さを感じた。懐かしい重力の感覚に、私は内心でちょっとだけほっとした。

 さて、と。私は裏山から辺りを見渡す。辺りは夜で、真っ暗だった。星明かりこそあるものの、いつもなら町の明かりを受けて、この辺りはもう少し明るいはずだった。

 しかし町を見ると、町の方は真っ暗だった。確かに夜になれば真っ暗になるだろうが、それにしたって、一つの明かりも存在していないのはおかしい。私は不安になり、急いで裏山を下りる。

 そして町の光景を見て、呆然とした。

 町は死んでいたのだ。

 人の住んでいる空気は無い。商店街も学校も、そのほとんどがガレキの山になっている。ただただ荒れて果てた町並、建物、道路やなんかが、その光景をずっとパノラマに広げていた。

 私は泣きそうになった。町に置いていかれたと思った。それとも、私は町を置いてけぼりにしたのだろうか。

 私は不安に苛まれて、町中を駆け回った。月のように軽やかに走ることは出来ず、それはひどく歯がゆい。なんだかさっきから咳もひどい。足の裏も、変に擦れている。

 とにかく私はまず最初に、自分の家を目指した。しかし、自分の家は無かった。自分の家どころか、辺りの家と言う家が無かった。あるのは焼けこげた跡で、そこからはやはり、人が生活をしていたと言う空気さえなかった。町には、誰もいない。私だけだ。私の友だちもいない。

 私はついに泣いた。しかし町の空気は重く、私の声は私の周りだけで完結する。これならば、音の無い宇宙の方がマシだったかも知れない。

 私は泣きながら、荒れた町を通って、山の方へ戻る。戻る途中に朝が来て、山の頂上に缶の塔が見えた。天まで突き刺さるように伸びるそれはか細い線で、神様が私を助けるために糸を垂らしてくれているようにも見えた。

 やがて山の頂上へ辿り着く。ここまでくるのにすごく時間がかかった。きっと二十年はかかっただろう。

 山の頂上で、私は自分の作った缶の塔を見上げた。糸のように見えたそれも、やはりただの缶だ。ポカリスウェットとコカコーラ、ペプシコーラ、烏龍茶、メローイエロー、ハイネケン、誰かが中身を飲み干して空っぽになったカラフルな缶たちだ。

 月に戻ろう。同じ孤独なら、地球をずっと眺めていたい。

 私はそう思い、缶の塔を見上げた。しかし見上げた缶の塔の先に、月は無かった。そして私は、地球は自転することをまた思い出した。

 空き缶を積み上げるのに夢中で、自分の周りがどうなっているかなんてものを考えていなかった自分が、悔しかった。もう涙は枯れ果てていたが、それでも私は缶の塔の麓で泣いた。そして声も枯れて出すものが何もなく、私は立ち上がる。

 私は缶の塔を見上げた。そして、それを軽く一蹴りすると、缶の塔はぐらつく。もう一つ強く蹴飛ばすと、缶の塔は大きくぐらついた。

 ――塔が、崩れる。

 そして塔を作っていた缶たちが、空から降り注ぐ。

 私は咳をしながら、それを見ている。

 町には空き缶の雨が降り始めて、からんからん、それは止まない。

 三十一億個の空き缶の雨が、町をぬらした。



/了

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